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2008年10月31日 (金)

アンブレラ!

Photo とある雨降りの日に、街行くサラリーマンが持っていたプーマ傘。

プーマと言えば、スポーツ用品メーカーですが。

傘も作っていたんですね、なかなかカッチョ良い傘でしたよ。


ところで・・・・ビニール傘って増えたり減ったりしませんか?

出先で雨に降られ、コンビニで買うビニール傘。

500円くらいのものだし、濡れるよりはと買ってしまうので、気が付けば5~6本のビニール傘が有る事も。

その逆に、傘が減る事もある。

近所のコンビニまでちょっと買い物に・・・・・

びしょ濡れになる様な激しい雨でもないし、コンビニも近い。
でもまあ、適当に目に付いたビニール傘を手にとり、買い物へGO。

ちょいと雑誌を立ち読みして、お弁当とジュースを買って店を出る。

あ~濡れちゃうよ~ダッシュで帰る・・・・・ってか、傘持って来てたじゃん!?

さて、どうしよう。

すでに家とコンビニの中間点であり、傘を取りに戻ったところで、その分は濡れるわけだし・・・このまま走って帰っても結果は同じだよな。

しかも濡れながら傘だけを取りに行くなんて、なんか傘泥棒に見えやしないか?

「いやいや、僕が持ってきた傘なんですよ、ええ、ちょっと忘れてしまって・・・」

なんて、誰も聞いてねぇ。

あ~どうしよっ、もったいナイ様な気も・・・ええい、もう諦めよう!

そんな風にしてビニール傘は、日々増えたり減ったりするのである。

僕だけですかね。

2008年10月28日 (火)

ワイズカフェ

いつもお昼ご飯を買いに行くコンビニで。

Photo 新発売のコーヒーマシーンを勧められたのは、6月くらいだったかな。

顔なじみのオバ・・・奥様店員さんから、「試しに飲んで行って!」なんて言われて、一杯ゴチソーに。

飲んでみるとこれがケッコウ美味かった・・・・・・

「う~ん、美味いっすね。」

「でしょう!お店に1台買ってよ、ネ!」

「そうですね、欲しいですねぇ、ちょっと考えときます。」

なんて言っちゃったのがマズかった。

本当のところ、機械を洗ったりするのがメンドウそうだし、さほど買う気も無かったのですが。

その日以来、顔を見るたびに「今日も飲んで行かない?」てな感じで度々ゴチソーに。

こりゃもう・・・買わないわけにはイカンだろうな・・・・

「えっと、もうちょっと寒くなったら買おうかなー!(^ω^;)エヘヘ」

苦しい逃げでズルズルと引き伸ばしてまいりましたが・・・・

本日、「ねえ、そろそろ・・・・」と言われて、ついにギブアップ。

「そうですね、買います!後で取りに来ます。」

ニコっと笑って言いましたよ、( ;∀;)男は潔さが肝心ですからね。

と言った訳で、本日よりワイズファクトリーでは美味しいコーヒーが飲めます。

マキアートやカプチーノは、めっちゃクリーミーで美味いっす、砂糖無しで充分ですわ。

オマケでカートリッジ(コーヒーの素)を山ほど貰ったので、しばらくはタダ飲み状態。

いつもは自販機で缶コーヒを買ってるわけだし、そう考えれば1万5千円は安い買い物だったのかなあ。

2008年10月22日 (水)

気が早いねぇ。

昨日、コンビニへ行きましたら。

おせち料理とクリスマスケーキの予約が始まっていました。

ちょっ、ソレ気ぃ早くない?

まあ、確かにもうすぐ11月、ボケっとしてりゃ12月、マジで?なんつってるウチに年末なんですけどね。

それは解っちゃいるけれど、やれクリスマスだ、やれ年賀状だ年越しだと、せわしなく急かされますと、気ばかり焦ってイケませんな。

でーんとかまえて、のんびり行きましょう。

な~んもしなくたって、新年は嫌でもやってくるもんです、経験的に言えば。

2008年も色々と有りました、思い起こせば・・・

思い起こせば、えっと・・・何が有ったっけ?

今年の夏は暑かった?寒かった?なんだかもうスデに思い出せないっス。

世間的には、あっちこっちで無職の兄ちゃんが刃物を持って暴れまわったり、
ガソリンの値段がやたらに騰がったり・・・まあ、あまり良い事は無かった様な。

オリンピックで400mリレーのメダル獲得は良いニュースでした。

自分的には、現在のところ今年一番のグッドニュース。

お店は徐々に忙しくなり、気軽にサッカーをしに行けなくなったのは残念ですが。
念願だったお店主催のツーリングも盛り上がり、だいぶバイク屋さんらしくなってきました。

来年の事を考えるのはまだ少し気が早い。

まずは2008年の残りを、やり残しの無いように頑張って、お正月に温泉でもつかりながら、じっくりと来年のイメージを描けば良いかなと思っておりまする。

てな事で2008年、まだまだ宜しくお願いします。

2008年10月15日 (水)

後味が悪いのです。

GS50ワンメイク耐久レース関東大会も、無事に(かろうじて)最終戦を終えまして、めでたしめでたしって感じですが。

最終戦は色々とありまして、後味の悪いレースとなりました。

あんまし触れたく無いけど、触れねばならんね。


レース当日は、好天に恵まれたレース日和でございました。
今回のチーム編成は、1号車にワイファク兄弟プラス、まだ入賞経験のない新メンバー。
こちらは、まだ入賞未経験の新メンバーにシャンペンシャワーの味を覚えてもらうのが第一目標。
2号車には去年から参加の経験者3人が、自力で上位入賞を目指しました。

朝の練習走行で早くもトラブル発生!我が相棒の新メンバーが高速の1コーナーで転んでいるでは無いですかっ!
なんとか最スタートしてヨロヨロとピットに戻ってきましたが、マフラーは煙突の様に上を向き、レバーは折れ、シートカウルはバキバキに・・・・
なんでも1コーナー手前で外側から引っ掛けられたらしい。
幸い怪我は無い様なので、とにかくマシンの補修をとアタフタしていると、ひとりの若者が現われまして「スイマセン、僕が接触しちゃって、大丈夫でしたか?」とナカナカ殊勝な態度です。

うむ、正直に謝りに来たのは偉い・・・・だが許さん。

あれほど主催者からも上級者が初心者を抜く時は優しくねぇ~って注意が出てるだろうが。
しかも、しかも、しかも、しかも、まだ練習走行では無いか、ブツケル必要がどこに有るのか!
バカバカバカバカバカバカバカバカこの馬鹿ちんがぁ!

謝って済むとでも思ってんのかっ!?欧米かっ!?ワシントンかっ!?

でもまあ良し、怪我がなかったので許す。

1号車チームは抽選で14番目のスタート位置から、ワイファク・アニがスタートを決めて序盤先頭を引っぱる。
何台かのオープン改造クラスの車両にはかわされたが、こりゃあ入賞はカタイのぉ・・・と余裕タップリの展開。

しかしながら、レース開始たったの15分で大事件発生。
先頭集団を走る数台が急激にスローダウン、手を上げて何かをアピールしているライダーも居る。
あちこちで転倒するライダーが続出、ピットからは今ひとつ正確な状況は分からないが、可能性としてはコース上へのオイル流出。
明らかに危険な状態だったので、主催者に「オイルじゃ無いですか?赤旗(レースの一時中断)ださないとマズイですよ。」と言ってはみたが、いまひとつ反応が鈍い。
そのうち、業を煮やしたアニがピットイン、主催者にコースの状況を説明、やはりオイルだった。
レース序盤で大きな接触も無いうちから、オイルをブチ撒けるとは言語道断、殆ど整備不良の可能性が高いからね。

即時赤旗中断でコースのオイル処理をして、その後にレース続行の判断を検討すべき場面にも関わらず、ようやくレースが中断されたのは30分近くもオイルだらけのコースでレースが続行された後だった。

幸いにして、大きな2次的クラッシュは発生しなかったが、この判断の遅れから怪我人やマシンを大破させる事故が起きても不思議では無かった。
なかには判断の甘さに腹を立てて、棄権して帰ったチームも居たが、妥当な判断だと思う。
レースにはルールが有り、それらは主として競技者の安全を確保する為に定められているものだが、ルールに従っていれば安全という話ではない。
最終的に怪我をするのは自分自身であり、ルールの運用が曖昧であれば、走らないというのは普通の判断である。

色々なレースに参加してきた経験から言えば、あの場面は間違いなく赤旗中断が妥当であり、(アレが赤じゃ無ければ、何が起きたら赤かと)その判断を誤った主催者に対しては、茶ぶ台ひっくり返して帰りたい気持ちは我々も同じだったが、この日のレースを楽しみに待っていた仲間の気持ちを考えればそうもイカン。

いやいや、でもコレは許せん、いやいや、でも怪我人も無かったし、いやいや、でもこんな事ではいつか大きな事故が、いやいや、でもコレを教訓にして主催者も参加者も成長すれば・・・・などなど。

なんだか煮え切らないウチに、オイル処理を終えてレースは再開。

ドタバタのうちにピットインなどをした影響で、だいぶ順位を落とした上に、処理されたとは言え汚れの残るコース状況は悪い。
挽回の為に残された時間は中断で少ない、そのうえエンジンの調子も激しく悪い、朝の接触大破の影響なのか、前回レースからの不調が解消されていないのか。
気合の追い上げもあと一歩届かず7位でフィニッシュ、ノルマに掲げた6位入賞を逃した。

2台出場を目指した東日本チャンピオン大会の出場権も、獲得したのは1台分だけ。

なんだか、全てが中途半端で後味の悪いレースになってしまった。

赤旗中断が遅れた理由についての説明も、とても納得の出切るものでは無かったしね。

以後主催者さんには、赤旗の判断は誰が下して、誰が振るのか、そこの所をハッキリして頂ける様に要求したい。
と、同時にあの状況で走っていたライダー達は、もっと多くのライダーがピットインして中断のアピールをするべきだったとも思う。

主催者の判断の甘さと、参加者の経験の少なさ・・・・・もう、起きてしまった事なので、今後の良い材料になればなと今は思う。

悔しいレースは何度も経験したが、これほど後味の悪いレースは過去に無かった。

次の東日本大会は、スッキリ切り替えて気持ち良く走れるレースである事を祈ります。

2008年10月11日 (土)

国語の時間

昨日、深夜にふと目が覚めましてふとTVを点けたところ。

若手女優のホリキタマキさんが、離島の小学校へ特別講師のような感じで赴任しまして、島の子供達と数日を過ごすというドキュメントをやっていました。

ふと考えたのは・・・もし自分がいっとき小学校の先生になり、授業を行うとすれば。
何の教科を教えて、どのような授業をするか・・・そんな事を考えてみました。

体育?理科?道徳の時間?やはり・・・国語がやりたいですね。


はいは~い、注目ぅ~!まずはこの絵を良~く見てね、ハイ、どうかな?

Photo ウサ太郎君が泣いてるね、でもって森の動物達がこまっているみたいだね。

この絵を見て、皆さんが考えたお話を作ってください!

なぜウサ太郎君は泣いているのか?迷子になったのかな?お腹が空いたのかな?

そのあと、森の動物達で何をしたのか?ウサ太郎君の運命や如何に!?ってね。


まずはそんな感じで、作文調の創作文を書いてもらい、面白い作品は発表して、どんなところが面白いのかディスカッションする。

概ねそんな様な事をやってみたいと思う。

「迷子のウサ太郎君が泣いているので、優しい動物達がお家を探して連れて帰りました、めでたし。」

恐らくそんなお話が多いのではないかと思うが、私の授業ではそういったありきたりなお話は評価しません!残念でした!

意外と普段は成績のパっとしない子供の方が、面白い話を作りそうな気がします。

たとえば、求められるのはこんな感じ。

迷子のウサ太郎君には帰る家がありません、気の毒に思った森の動物達は、森の奥に小さな家を作りました。
ウサ太郎君は、森の中で暮らすことになりましたが、毎日泣いてばかりで家から出てきません。

そして、ウサ太郎君が来たその夜に事件は起こりました、ポン太さんが居なくなってしまったのです。
そのまた次の夜には熊五郎さんが居なくなりました。
森の仲間達は心配して、「いったいどこへ行ってしまったんだろう?」と言い合っていました。

すると山羊婆が「ウサ太郎が喰ってしまったんだよ・・・」そう言いました。
森の仲間達は、山羊婆が何を言っているのかわかりません。
「あれは夜になると変身する化け物なのさ、ポン太も熊五郎も食われちまった、気の毒にのう。」
森の仲間達は誰も信じませんでしたが、山羊婆は頑固です。
「昔、ワシの婆さんに聞いた話さ、子ウサギに化けた獣が森にやってきて、その時は殆どの森の仲間が食われちまったそうだよ。」

皆でウサ太郎をやっつけないと、いまに全員食べられてしまうぞと山羊婆は言いますが、やはり森の仲間達は誰も信じませんでした。

しかし、山羊婆にはウサ太郎を放っておくことはできません、その日の晩に山羊婆はウサ太郎の家に行きました。
家の中からはウサ太郎がしくしく泣く声が聞こえています。
山羊婆は怪物が逃げられないように、出口や窓をふさいでから、ウサ太郎の家に火をつけました。
メラメラと大きな炎があがり、木で出来た家は、ウサ太郎怪物をすっかり焼き尽くしました。

夜が明けて、集まってきた森の仲間達は「いったいどうして火事になったんだろう」とか「ウサ太郎は気の毒だったなあ」と言い合っていましたが。

その日から、森には平和な日々が戻ってきました。
山登りに行っていたポン太と熊五郎さんも戻ってきました。

めでた・・・・し?

なるほど、そーきたか!素晴らしい、100点!
ホラーでありながら、アクションありの動物モノ、こりゃあ映画化したら稼げるぞぉ~。

さあ、みんなはどう思うかな?ウサ太郎は本当に化け物だったのかな?
山羊婆さんは悪い人なのかな?ハイっ山田君、意見をどうぞ!

なんてね。ヤンキー先生ならぬ、バイク屋先生の国語の時間でした。

2008年10月 7日 (火)

やってしまった

Photo 車の助手席には、若い女性の頭部が大量に。

ふへへへ・・・・やっちまったぜ、ついに俺は・・・・・

マネキンを預かっちまったのさ。


朝一番にお店にTELがあり、「バイクのエンジンが・・・」という事で、みなとみらいのランドマークタワーへ緊急出動。

ウチで販売したバイクでは無いし、持ち主が何者かも今のところは不明だ。

そんな不安を感じながら、現場に到着した私を待っていたのは、イケメンでオサレな青年でありました。

はいはい、お待たせしました~えっと、バイクはコレですね・・・・・って何コレ!?

バイクの足元にはマネキンの生首がドッサリと・・・・う、なんかキモチワルイぞ。

なるほどねぇ、イケメン青年は美容師さんでして、マネキンは練習用?みたいなもんですか。

とりあえずバイクはお預かりして、マネキンは・・・・お預かりしたくない・・・・怖い。

かといって、半透明ビニール袋に詰め込まれた、大量の生首を電車で持って帰って頂くのも・・・・

し、しばらく使わないのであれば・・・と、とりあえず預かりましょうかね?

という事で現在、お店の2階には大量の生首保管中。

あとでテーブルに並べて、ひとりづつ話しかけてみようかな。

「あ、きみカワイイね、休みの日とか何してんの?」

・・・・・・やっぱやめとく。

2008年10月 4日 (土)

チャーハン

ツーリングのシメに毎回カレーを作っており、なかなか好評の様ですが。

自分の中で得意料理と言えば、カレーではなく・・・・

チャーハンである。

               ゜・ 。  ・。
               。・゜・⌒)
  -=≡    _ _ o━ヽニニフ ))
 -=≡   ( ゜∀゜)彡。・゜。・⌒)
-=≡   ⊂   o━ヽニニフ ))
 -=≡   ( ⌒)  チャーハン!チャーハン!
  -=≡  c し'


昨日も冷凍エビを使ったエビチャーハンを作りましたが。
今回は、その秘密のレシピを公開しよう。


手順①下ごしらえ。

長葱と焼き豚を粗目に刻み、冷凍エビを流水で解凍。
ご飯はドンブリ一杯分、玉子を2個用意。

手順②イリ玉子。

良く熱したフライパンに油を引き、玉子を2個落とす。
超高速でかき混ぜイリ玉子にして、お皿によけておく。

手順③炒める。

フライパンに油をドバっと引く、かなり多目、たぶん料理用語で言うところの大さじ一杯は使う。
エビ、焼き豚、ネギ、を投入して、軽く色が付いたらご飯をぶち込む。
おたまで混ぜながらフライパンを返すのですが。以前見た料理番組で、家庭用コンロは火力が弱いので、あまりチャカチャカ返し過ぎない方が良いと、確か、シュウ・トミトクさんが言うてましたので、いちおう守っています。

手順④味付け。

さあ、ここで出てくるのが「永谷園の五目チャーハンの素」です。
Photo そんなモンは邪道だ!と言う人も居るかも知れませんが、美味けりゃ良いんです。
いくら生意気な事を言っても、美味しくなけりゃ意味がありませんな。
「美味いチャーハンを作る」コダワルのはそこだけです。
ご飯の量によっては、1袋だと味が薄くなりますので、塩コショウ&醤油で調整します。


手順⑤イリ玉子投入。

手順②で用意したイリ玉子をぶち込んで、よく混ぜてください。
この時点で玉子が余分な油を吸うので、良い具合に仕上がります。

手順⑥食べる。

なるべく、出来上がりから1分以内に食べ始める様に、飲み物の準備などをあらかじめ怠り無く。時間との戦いです。


なんと言うか、かなり普通のチャーハンですが、チャハーンはチャーハンであり、普通のチャーハンが最高なのです。

個人的には、油多目でテラテラのツルツルな感じが好きです。

テラテラチャーハンは、冷めるとキツイので、なるべく超高温のうちに食べ終えるのが良いでしょう。

2008年10月 1日 (水)

読書の秋ですから。

Photo 「出口のない海」著者:横山秀夫

太平洋戦争末期、いよいよ敗戦が濃厚となった戦局を打開すべく、日本軍がとった「特攻」作戦。

特攻と言えば一般的に、小型飛行機に爆薬を満載して敵艦に体当たりするという「神風」作戦が有名ですが、「出口のない海」で扱われるのは、もうひとつの特攻作戦についてです。

設定は様々な資料から事実に基づいたものとなっていますが、お話は完全なるフィクションです。

主人公の並木は、甲子園の優勝投手として大学に進み、大学リーグでの活躍を期待されるが、ヒジを壊しリハビリの日々を送っていた。

やがて戦局は悪化し大学リーグは廃止され、並木のチームからも志願して戦地へと赴く仲間達が。

自分達より若いやつらが戦場で死に、家族や友人も空襲でいつ殺されるか分からない、もう野球どころではない。

並木は「日本がアメリカに勝てる訳が無い、志願するのは無駄死に等しい」そう考えていたが、いよいよ学徒出陣の号令がかかり、並木や他の仲間達もそれぞれ兵士となるべく、別々の軍隊へと散っていく。

そこで並木は自分と運命を共にする特攻兵器「回天」と出会う。

だいたいそういったお話です、戦争に自ら命を捧げる若者達が、当時どういった状況にあり、何を考えていたのか、主としてそういった部分に焦点はあてられています。

さて、「回天」とはどういった特攻兵器だったのか?

簡単に言ってしまえば、人間魚雷です。小型潜水艦に爆薬を搭載した、と言うよりは、まさしく魚雷に操縦席をとりあえず付けました、と言った感じの無茶苦茶なシロモノでした。

母艦となる潜水艇から出撃したが最後、レーダーすら搭載されていない「回天」は、いったん海面近くまで浮上し、潜望鏡で大まかな方角を決め、あとは突撃あるのみです、棺桶さながらの狭い操縦席で、激突の瞬間を待つのはいったいどんな心境だったのでしょうか。

方角を誤り、敵艦を逸れたとしても「回天」には帰還するすべは有りませんし、事実上、脱出することもほぼ不可能です。

実際に訓練の段階でも、故障や操作ミスで海底に突き刺さり、行方不明になった隊員も多いとの事です。

隊員は「回天」が特攻兵器だと知らされておらず、強制的に特攻させられていた、と言われた事もありますが、どうやらそれは事実では無く。

隊員の募集は志願に限られており、軍事機密上、募集時に「回天」の実像は明らかにされませんでしたが、志願兵はそれが「特攻兵器」であると確信して志願したとの証言が残っています。

実際の作戦に参加した兵士は、厳しい操縦訓練で優秀な成績を残した者に限られており、もし決意を翻すならば、訓練で手を抜けば良いだけの話です、その段階で「回天」の意味を気づかぬはずもなく、出陣した若者は皆すべて決死の覚悟を決めていた、そう考えて良いでしょう。

主人公の並木同様に、日本は戦争に負けると感じていた者も多いそうです。それでも、今この瞬間にも故郷は空襲を受け、家族や友人が殺されていく。
自分の出来うる最大限は何か?の問いに、特攻に命を捧げ国家の礎になるという発想は、魅力的なものだったのかも知れません。

物語は、大学リーグの野球チームという、今も残る舞台を背景にしており。
そこでは、野球を楽しみ、将来を語り合い、恋をするといった、今の若者達と変わらぬ姿が描かれています。
ひとつ違うことは、その時、日本は戦争をしていたという事。

現在の日本で、「もし日本が戦争を始めたら」という想像を働かせる事は難しい。

しかしながら、「出口のない海」の様な本を読んでいると、やはり「自分ならどうするだろうか」と考えて、ページをめくる手が止るものです。

自分なら志願書に名前を書くのか、出撃の前夜をどう過ごすか。

英語では他人の立場になってみる事を「他人の靴を履いてみる」と表現しますが、本を読んで面白いと感じるのは、やはりそんな時だろうと思う。

自分とは違う立場、自分とは違う物の見方、自分には無い強さ、自分には無い優しさ。

そういったものを、ほんの僅かでも拾い上げる事が出来たならば、一冊の本を読むに費やす時間などは、さほど惜しいとは感じないものです。

なかなか最近は忙しく、じっくりと本を読む時間もとれませんが「出口のない海」は面白かった。

映画にもなってるみたいですね。そっちは見ていませんが。

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