回復プログラム
せんじつ高校時代の仲間達の集まりがありまして。
とりあえずの近況報告やら、アホらしい思い出話やらが落ち着きますと。
「最近の若い奴らってどうなのよ?」
とかなんとか、それなりにオッサン臭い方向に話題は流れ。
某自動車メーカーの生産管理部に勤める仲間の証言によりますと。
「すごく真面目だし、仕事も一生懸命やるけどね、でも・・・」
でも?
「溜め込みすぎちゃって、病気になっちゃうんだよな」
ははあ、鬱病ってやつか。
「適当に手を抜ける時は手を抜くとか、そういうズルさとかタフさが無いのかも」
そうか、そういう感じか。
その会社は大手だけに、鬱病社員の為の回復プログラムであるとか、鬱病から復帰した社員に対しての接し方教育なども実施されており、一緒に働く方としてもなかなか気を使って大変だという話です。
現状として、同じ部屋で机を並べている15名のうち、4名が鬱病による休養明けの社員だと言うのですから、ちょっと気を使うどころの話じゃ無いですね。
多くの人が身体を鍛えるためにジョギングをしたり、腕立て伏せや腹筋運動をしますが、いくら身体が強くても心が弱くてはねぇ。
では心を鍛えるにはどうしたら良いのかって事ですが。
滝に打たれる、座禅を組む、自分探しの旅に出る、まあ色々あるかも知れませんが。
僕なら、本でも読んでみれば?と勧めるでしょうね。
と、言う事でオススメの本。
「永遠の0(ゼロ)」著者:百田尚樹
終戦記念日やらのタイミングも良い感じで、読んでみました。
かなり面白くオススメです、最低でも3回は泣けるね。
内容はと言いますと、どこにでも居そうな無気力に現代を生きる青年が、自分の祖父が神風特攻で亡くなった事を知る。
祖父の事を知るかつての戦友を訊ねて戦争の話を聞き、祖父の人物像や戦争の過酷さ無残さを知る事になり・・・。
まあそういった流れのお話です。
フィクションのテーマとしての「戦争」は、描く方にしろ読む方にしろ、それなりの取り扱い注意が必要だと思います。
ガンダムの世界までフィクショナイズしてしまえば、もうどうでも良いのでしょうが。
実在した部隊名や戦闘地域、行われた作戦の内容なども盛り込まれて来ると、「まあ作り話ですから、テキトーに読んでください」と言う訳にもいかないだろう。
例えば特攻隊員が過剰に美化されているものには問題があると思うし、アメリカが恐怖の残虐国家として登場するばかりでもマズかろう。
しかしながら、物語の価値を決めるのは、事実に対して正確であるかでは無く、読み手の心に何を残したかで決まるものでは無かろうか。
僕なんかはかなり単純ですので。
やっぱり戦争時代ってのは大変だったんだな、それに比べりゃ今の俺が抱えている問題なんぞ取るに足らん事ばかりでは無いか。
そんな感じで、考え方を変えたり視野を広げる事で、物事がぐっと楽になったり。
それまでは気が付かなかった小さな物事にも感動したり感謝したり。
言ってみれば、それが心を鍛えると言う事なのだと僕は思います。
それにしても・・・4/15が鬱病になっちゃう会社ってどうなのよ?






最近のコメント